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東京高等裁判所 平成5年(行コ)36号 判決

控訴人(原告) 所秀雄

被控訴人(被告) 東京都大田区長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  控訴人の都市計画法(以下「法」という。)五三条一項に基づく建築許可申請に対し、被控訴人が平成二年三月二八日付けでした不許可処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨

第二事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり当審における当事者の主張中主要な点を掲記するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄に記載のとおり(ただし、原判決六枚目表一一行目の「五〇メートル」を「四〇メートル」に、同八枚目表二行目の「保障」を「補償」にそれぞれ改める。)であるから、ここにこれを引用する。

一  争点1について

(一)  控訴人

法五三条一項に基づく建築制限は、損失補償等の制度を欠いたまま財産権に対して重大な制約を加えるものであるから、その制約が合理性を欠く場合には、公共の福祉のために財産権に課せられた内在的制約の範囲を超え、公序良俗に反するものとして憲法二九条に違反することになるところ、本件都市計画道路に係る事業は本件都市計画決定から現在に至るまで四七年間もの長期にわたり放置され、この間控訴人は著しい不利益を被ってきたので、本件不許可処分は、合理性を欠いており、憲法二九条に反する違法な行政処分である。

ところで、右のように建築制限が財産権に対する制約を伴う以上、無限の期間にわたるような都市計画は法の予定するところではなく、常識的ないし相当な期間内に遂行されることが都市計画に内在する法律要件であるというべきであるが、この常識的ないし相当な期間は、本件許可取扱基準における(1)の要件「事業の施行が近い将来見込まれていないこと」の意義につき同基準の運用に関する東京都都市計画局施設計画部長通達(以下「運用通達」という。)において「おおむね一〇年以内に事業に着手することが見込まれていないことをいう」とされていること及びその他一般常識に照らすと、一〇年と解すべきである。

ところが、本件においては、本件都市計画決定の時点(昭和二一年四月二五日)、本件都市計画道路のうち未完成部分を除く東海道本線等より東側の部分が都道として供用開始された時点(昭和三八年八月一五日)、右部分が大田区に移管されて区道として供用開始された時点(昭和四〇年四月一日)を捉えても、その後相当長期間経過しており、それぞれの時点から一〇年が経過したときに建築制限の効力を維持すべき合理性が失われたというべきである。そして、これに本件未完成部分は、東京都が昭和五四年一二月に策定した第一次事業化計画において「特に緊急を要するものとして、おおむね昭和六五年までに完成もしくは着手すべき路線」に含まれていなかったこと、平成三年六月に策定した第二次事業化計画において「概ね平成一二年度を目途に着手又は完成すべき路線」に指定されたものの、その後約二年間経過しても事業に着手されておらず、このまま更に一〇年間放置されたままとなることが確実であることをも併せ考慮すれば、もはや控訴人に対し建築制限の不利益を課することは、行政庁に対して与えられた裁量権を逸脱し、又はこれを濫用するものであって、合理性を欠くというべきであり、憲法に違反する違法な行政処分である。

(二)  被控訴人

法五三条一項に基づく建築制限は、財産権に内在する社会的制約に基づくものとして何人も受忍すべきものであるところ、都市計画決定時の土地所有者等の利害関係人にとどまらず、その後の利害関係人に対しても、事業の施行に支障となる限りは永続的に課せられるものであって、そのことに制度の特質が存するのであるから、都市計画決定後における期間の経過ないし制限の継続期間の長短によって、右制限の適用が左右されるいわれはない。

ところで、道路等の都市計画施設を定める都市計画においては、計画決定後、事業の施行及び完成に至るまで長期間を要するのが常態であって、この都市計画ないし都市計画決定について期限が定められるものではなく、計画自体が廃止されない限りいわゆる永久の施設計画として存在するものであるところ、当該都市計画施設の区域内における建築制限は、都市計画決定において定められた土地利用の統制を永続させるという意味で、都市計画における最も重要かつ本質的な効果であり、当該都市施設が完成した後にも存続すべきものであるから、都市計画決定後における一定の期間の経過により建築制限による規制が影響を受けることはないというべきである。

また、道路等の都市計画施設に関する都市計画は、市街化区域・市街化調整区域、地域地区及び市街地開発事業に関する都市計画と相互に関連し合い、一体として都市環境や都市機能を保つように計画され、それらに関する種々の条件を考慮しながら、順次施行されるものであるから、長期的視点において有機的に機能を発揮できるように計画及びその後の再検討・変更がなされるべきものである。したがって、右のような事業が都市計画決定等の一定の時点から一〇年程度を相当期間として施行することが予定されているなどということは到底できない。

二  争点2について

(一)  控訴人

前記運用通達においては、本件許可取扱基準(6)〈2〉所定の「その他これに類する構造」について「壁式サーモコン造、壁式プレキャスト・コンクリート造、組立鉄筋コンクリート造、ALCパネル構造」を掲記しているが、通常の鉄筋コンクリート造に比して、耐久性・耐候性に劣る(壁式サーモコン造)、独自設計の場合にコストが高い(壁式プレスキャスト・コンクリート造)、高さ・軒高等に制限があり、設計の自由度が劣る(右四工法いずれも)という難点がある上、建築コスト及び除却コストの点においてはさほど差異がないのであるから、鉄筋コンクリート造だけを除外することに合理性はないというべきである。

法の趣旨は都市計画事業に多大な支障とならない建築を認めるものであること及び建築制限は財産権に対する制約として必要最小限にとどめるべきであることなどに照らすと、本件建物は他の許可基準適合の建築物と比べても将来の都市計画事業に対する制約という面ではほとんど等しいといってよいのに対し、前記の通達に適合する工法を選択することによって控訴人が失う利益は極めて大きいのであるから、本件許可取扱基準及び運用通達によって許否を決する取扱いは、法五四条の解釈を誤った違法があり、したがって、それに従った本件不許可処分もまた違法である。

(二)  被控訴人

本件許可取扱基準は、法五四条に該当しない建築物についても一定の条件の下で建築を許容するものであり、同条の規制に対する緩和措置であるから、同基準及び運用通達が法五四条に反するということはできない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人が本件許可申請に対し不許可処分をしたのは適法であると判断する。

その理由は、次のとおり当審における主張中主要な点について判断を示すほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおり(ただし、原判決一五枚目表四行目の「完成」の次に「又は着手」を加える。)であるから、ここにこれを引用する。

1  争点1について

法五三条一項に基づく建築制限は、都市計画事業の円滑な遂行の確保と事業費の高騰の防止の見地から土地利用を規制しようとするものであって、社会経済生活において調和を保ちながら国民相互の財産権を保障するためにはもとより必要な規制であり、憲法二九条二項所定の公共の福祉の要請による制約の一つとして位置付けることができるが、都市計画施設の区域内等において建築物を建築しようとする土地所有者等の関係人に対して一定の範囲での建築禁止という財産上の制約を課するものであるから、行政庁の行う処分が合理性を欠く場合には国民に対して財産権を保障した憲法二九条との関係において問題を生ずる場合があること自体は否定できない。

しかしながら、本件のような道路網の整備に関する都市計画は、都市計画決定がなされた後、予算措置を講じた上で、事業用地を任意買収又は土地収用により取得した後、実際に道路建設工事を実施し、その築造に伴い道路法等の関係法令による手続を覆践するという段階を経る必要があるばかりでなく、首都圏の道路網整備計画の中での位置付けを通じて事業実施の優先順位を定めるとともに、他の都市計画(市街化区域・市街化調整区域に関するもの、地域地区に関するもの、市街地開発事業に関するもの、道路以外の都市計画施設に関するもの等)との調整を図るなど、複雑多岐にわたる手続の連鎖の中で事業が実施されるものであるから、その性質上相当長期間にわたることはやむを得ないものというべきであり、ただ単に都市計画中のある部分について長期間事業が実施されていないということをもって、当該都市計画が合理性を欠くに至ったということはできない。

この点に関し控訴人は、本件許可取扱基準及びその運用通達における定めを主要な根拠として、事業を実施せず一〇年間が経過すれば都市計画が合理性を欠くに至ると主張するけれども、前記のような道路網整備に関する都市計画の特質に鑑みると、一〇年程度の期間をもって都市計画自体の合理性を評価することは到底できないというべきである。なお、右取扱基準において建築を許可できる場合の要件の一つとして「事業の施行が近い将来見込まれていないこと」を掲げ、運用通達においてその意味は「おおむね一〇年以内に事業に着手することが見込まれていないこと」であるとしている趣旨は、一〇年以内に事業の着手が予定されているような場合には、用地の取得及び建設工事の開始等の具体的手続がかなり目前に迫っているということができるので、その他の要件を満たすため、建築を許可すべき必要性が高く、工事への支障もある程度少ない場合であっても、建築を許可すべきでないというにあると考えられるので、この一〇年という期間を都市計画の合理性を判断する基準として援用するのは当を得ないものというべきである。

そして、本件都市計画道路は、計画決定以後着々と事業が実施され、総延長一二三〇メートルのうち本件未完成部分三一〇メートルを残すのみであり、右部分についても平成三年策定の第二次事業化計画の中で概ね平成一二年度を目途に着手又は完成すべき路線に指定されているのであるから、本件都市計画決定以後四〇年以上にわたり放置されていたものでないことは明らかである。もっとも控訴人は右完成部分については土地区画整理事業のついでに道路が造成されたにすぎず、都市計画事業に基づいて築造されたものでない旨主張するけれども、証拠(乙二、三、一一、一五、一八、一九、二〇の二)及び弁論の全趣旨によれば、東海道線等の東側の完成部分は本件都市計画決定に基づく事業により築造されたものと認められ、これに反する証拠はない。

2  争点2について

本件取扱基準は、法五四条の要件に該当しない建築物についても、その建築を許可することができる場合があることを規定し、そのための要件を掲記したものであるから、被控訴人が主張するように法の規制に対する緩和措置ともいうべきものである。しかしながら、法自体は、五四条の要件を具備しない建築物について一切許可してはならないとの趣旨を含むものではないと解されるから、この点は行政庁の専門技術的な裁量に委ねているものと解される。したがって、緩和措置であるというだけの理由でおよそ違法の問題は生じないということはできない。

そこで、控訴人の指摘する各工法に関する技術上の諸点に鑑み、本件不許可処分(具体的には、被控訴人が右処分をするに際して依拠した本件取扱基準及びその運用通達)が行政庁に任せられた裁量権を逸脱し、あるいはこれを濫用したか否かについて検討する。

控訴人の指摘によれば、通常の鉄筋コンクリート造に比して、壁式サーモコン造は耐久性・耐候性に劣るというのであるが、そもそもここで問題とされるべきは将来における除却の容易性ということであるから、右の点は判断を左右するものではないというべきである(仮に、耐久性に優れていることは除却を困難にすることを意味するとすれば、むしろ耐久性の高い鉄筋コンクリートを除外することに合理性があるということになろう。)次に、壁式プレキャスト・コンクリート造は独自の設計を行った場合にはコストが高く付く旨主張するけれども、同工法は一般的には大量生産による規格化された方式であるというのであるから、コストの差は独自設計によるか否かにかかることになるところ、行政上の許可基準は右のような個別的な事情までも斟酌して定めるべきものではないから、この点も基準の合理性を判断する資料とはならない。更に、控訴人は設計の自由度についても論及するが、これが除却の容易性と結びつかないことは明らかである。そして、本件においては鉄筋コンクリート造の方が他の許容された工法よりも、物理的にも、経済的にも除却が容易であると認めるべき証拠は存しない。

したがって、行政庁が建築の許否を決する基準として定めた本件取扱基準及びその運用通達が専門技術上の点において事実的基礎を誤っていたものでないことは明らかであり、これに依拠してなされた本件不許可処分にも裁量権の逸脱・濫用の違法は存しない。

3  以上によれば、控訴人の当審における前記主張はいずれも採用することができず、他に本件不許可処分を違法とすべき事由も存しない。

二  そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹宗朝子 新村正人 齋藤隆)

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